帰ってきたブログ生活(2nd)

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読書が下手

子どものころから読書が下手だ。苦手意識があるわけではない。下手なのだ。
某魔法学校の小説は一冊読むのに3か月かけたし、宿題の読書感想文は嫌々読んで書いた。それでも面白かったり勉強になる部分もあって嫌々やりながらも楽しく読書をしていたところもあったが、宿題でも出されなければ進んで読書をしないような学生生活だった。
本を読もうと思えるようになったのはつい最近のことだ。インターネットで調べれば何でもほぼ無料で精度の高い情報にアクセスできる現代で、自分で紙に触れ活字を読むことの大切さやネット上でさらっと読んで得た知識だけで知った気になるのも危ういと感じたからだ。
ご立派に本を読むと意気込んだはいいものの、私は例外なく貧困で新品の本は私の中では高級品の扱いである。気持ちよく思い切ってお金を出し買えない根性なのだ。しかし幸いなことに近所に図書館があるのでお世話になることにした。図書館を利用することへ勝手に気恥ずかしさを感じていたが、図書館ユーザーな大人は全国にわりといるようだ。別に何も悪いことではないし税金の元をとるには図書館を利用するのがいいと小耳にはさんでからは積極的に足を運んでいる。
(2022/12/11 書き忘れたので追記)しかしどういうわけか私は図書館で本を選んでいると腹痛がする。幼少期に何か嫌なことでもあったかな

私が読書が下手だと痛感するひとつとして本が手元にあるだけで満足してしまう。新書くらいならと何冊か購入したがなんと1ページも読まずに本棚の肥やしになってしまった本が何冊かある。せっかく買ったのに何をしているのだろう、これらを読了する日は来るかどうかはすべて私にかかっている。
買って手元にあることで安心し満足してしまうのならと近所の図書館を利用することにした。期限があるのでさっさと読んで返却しないと他の利用者にも迷惑がかかる。はじめのうちは効果てきめんで2週間で5冊を読み切れたときはひどく感動した。成功体験だった。しかし半年ほど経つと今度は本を借りただけで満足するようになってきたではないか。我ながら呆れてしまう。読まずに手元において知識が得られるならみんなそうしてる。

 

読書が下手な理由のふたつめとして、わたしは無音の部屋でないと読書に集中できない。知らない人が多く乗り合わせている電車内で読書なんてとても無理だ。先日病院の待合室で相当頑張って集中したことで何とか読めたがちゃんと頭に入っていったかどうか怪しい。結局テレビもついてない誰もいない部屋か自分の布団の中が一番集中して読めるのである。

ただやり方が下手だと感じるだけで決して読書が嫌いなのではない。読書はストレス解消にもいいらしく残りのページが目に見えるので何とか読み切れたときの達成感はすさまじい!目的もなくネットサーフィンするよりも有意義な時間を過ごせるし、これからも下手くそなりに読書を習慣にしていきたい。

こちらが最近借りて呼んでいる本。安全がどうこう言う割に当事者のことなんてどうでもいい人たちによる机上の空論があまりにもバカバカしいから私は本を読むぞ。