帰ってきたブログ生活(2nd)

昔→PMDD闘病記 今→書きたいこと何でも書く雑記ブログ

「息をつめて」を読んで

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同じ作者の「頼むから、ほっといてくれ」を読んで、登場人物の人生の書き方がすごく印象に残ったので最新作のこちらを手に取った。

都会の片隅で人目を忍んでひっそりと暮らすひとりの女。何かから逃れるように、誰にも気づかれないように、孤独で単調な日々を送る。パチンコ景品交換所、連れ込み宿の清掃、惣菜店の裏方、訪問介護の現場。自宅も仕事も転々とするのは何か理由があるらしい。実は彼女にも、かつて幸せな暮らしがあった。仲のよい友人、家族との時間。充実した日々は、ある違和感から少しずつ壊れていく。そして、ついにある事件を発端に、彼女の人生は破滅する――。
秘密を抱えた女が決意する、愛憎の果てにあるものとは。
(ホームページ内あらすじより)

主人公の土屋麻里(51)に安定した生活はない。職場に警察が来て事情徴収を受けたその瞬間から麻里は職場の人間の番号を着信拒否設定し引っ越して行方をくらましている。部屋の家財は最低限のものしかなく、カーテンのかわりとして窓に新聞紙を貼っている。殺風景な家に同居人がいる様子もなく麻里は独身なのかと思いきや、合間の回想で大学時代の友人との恋バナ、結婚退職を決めた麻里への送別会の話、産婦人科にて妊娠が発覚した日のことを見ると生涯孤独な人ではないようだ。でも警察が来るたびに住居も仕事も変えるなんて知られたくない過去があるのかもしれない。
麻里の夫である彰はある日突然自殺しこの世を去った。どんなに住居を変えても麻里の目の前にひとりの刑事が現れる。彰の自殺は事件ではないかと個人的に捜査していて、麻里を疑っているのを隠そうともしない。麻里には絶対何かがある。読み進めるにつれて麻里の謎が徐々に明かされていき目が離せない。

どんな仕事も真面目に取り組んできた麻里は職場を変えてもすぐ受け入れられる。小さな惣菜屋で働きだした麻里は店主の信幸とその母いく子に親切にしてもらえた。ある日信幸の風邪を麻里がもらってしまい仕事を休んで殺風景な部屋で寝ていると、お節介が歩いているようないく子が見舞いに来て部屋にあげる。他人に何もない部屋を見られた、過去に何かあったことを悟られてしまった。しかしいく子は生きていれば何かしらトラブルに合うものと深く聞かなかった。今までは素性を知られそうになったらすぐさま引っ越しをして行方をくらませていた麻里だが人の温かさを久しぶりに感じてもっとここにいたいと願った。

ここからネタバレしているので一旦伏せます。これから読む予定のある方はご注意ください。途中のネタバレ部分を飛ばしてもも最後まで読めるようにしてあります。


麻里はホームヘルパーの資格を取得し単身高齢者の自宅で掃除洗濯を代行する日々を送っていた。色んな人生を送った高齢者たちと接しているうちに自分の中にはなかった新しい価値観に触れる。
ある日引きこもりの息子を抱える佐々木の家に行くと父親が金槌を持って息子がいる部屋のドアを叩いていた。「どうしてお前が俺の息子なんだ!お前のせいで俺の人生はめちゃくちゃだ!」と泣いて喚く姿は麻里とは少し事情が違うがこの一家もずっと孤立していたことが伺える。子どもの不始末は親の責任だと誰も助けてくれずひとりで抱え込むしかない。思いつめてしまって毎日生きた心地がしない。この世は普通から一度でも外れた人間とその家族にあまりにも厳しい。
この佐々木家親子のやり取りを見て、数年前の川崎無差別通り魔事件*1を見た練馬の元農水事務次官*2の事件を思い出した。痛ましい事件だが何よりも引きこもり息子を殺害した父親を称賛する世間の声が本当に恐ろしかった。親がひとりで抱え込んで殺人を犯してしまう前にどうにか福祉やプロと繋がれたら…と鮮明に覚えている。だってこの事件が起きたころ私も無職引きこもり状態だったから。就労意欲のないニート、療養で休んでいる人、とても就労できる状況でなく精神的に苦しんでいる人、世間はこれらの区別が全くついていない。

この佐々木一家はその後登場しないのでどうなったかは分からない。ひきこもり状態の人を支援する福祉団体と繋がれたので、父親が早まって息子を手にかけないことをただただ祈るばかりである。

読了してさらにTwitterにて知的障害のある中年男性が駅で暴れてその母と思われる女性が必死で男性を追いかけている盗撮動画がひどい暴言と共に拡散されたことを思い出した。その動画を見ていないので細部まで分からない。社会的弱者を盗撮しSNSで拡散された事実にとても恐ろしい社会になったとは思った。
「普通」から外れた子どもを持つ母親はいつまで子どもの面倒をひとりで見ればいいのか。「親の責任」で何でもかんでも片付け社会から孤立させていいのか。そんなことを考えさせられるお話でした。


タイトルにつられて何となく読んでみた「頼むから、ほっといてくれ」もそうだったけど、登場人物の人生の書き方にすごく惹かれた。作者のファンになっちゃった。
誰かの薦めで本を読むのもいいけど、視界に入った本を何となく手に取って読んでみたらすごく面白くて作者の他の小説も読んでみたくなるって素敵な出会いだね。

*1:罪のない人や子どもが殺された事件のため閲覧注意 https://sukusuku.tokyo-np.co.jp/life/16591/

*2:引きこもりについて言及されているので引きこもり状態当事者とその家族の方は閲覧注意 https://www.asahi.com/articles/ASM63343QM63UTIL008.html