帰ってきたブログ生活(2nd)

昔→PMDD闘病記 今→書きたいこと何でも書く雑記ブログ

20代のリザルト

希死念慮(自ら死にたくなる気持ちのこと)が頻繁に出てきますのでメンタルが弱っている方は閲覧をお控えください※


本日をもって20代が終わりました。
別に30代に突入したとたんに納税額が跳ね上がるだとか差し押さえが来るなんてことはないのに、20代が終わる現実がすごく怖かった。1週間前なんてPMDDも相まって夜は眠れない日もあった。こんなに年を重ねるのが怖いことが今まで人生であったか?

というのも10代半ばごろの私は
「30歳になったら死のう」
と未来の自分にずっと呪いをかけて生きてきた。別に誰からも30で死んでくれなんて言われたことはないし、同じく30歳で死にたいと言ってる同級生はいなかった。ネットや著名人のエッセイを読むと30で死のうと思ったことがある人が自分の他にもいたことを知ったのは20代半ばのころだ。
15歳ごろの当時はどうしてそんな事を考えたのかは分からない
30歳とは→母が私を産んだ年齢だ→30までに結婚し妊娠しないといけない→結婚も妊娠もしている自分が想像できない→できないなら死ぬしかない
という思考回路だった故に出た答えなのだろう。子どもの頃は両親が絶対的な存在だから母のような人生を送らねばいけないのだと思っていた。今見ると鼻で笑ってしまうが当時は本気だった。本気だけどどこかで自分の考えは普通じゃないのが何となく分かっていたから30で死にたいことを周りの大人に相談したことは一度もなかった。友人にはポロっと口をこぼしたことなら何度かある。聞き流してもらった

子どもころ女性は子を産むのが当然で拒否してはいけないと思ってたけど現代では「自分の体のことは自分で決めていい」なんて風潮になった。(体のこともそうだけどたとえ授かっても金銭的、両親のサポート面を考えて育てられない人が増えたのもありそう)
私みたいな結婚出産が女の人生の必修科目と信じていた子どもからしたら希望でしかない、良い時代になったと思う。

27~29歳の所謂アラサーになったころはコロナ禍が始まってしばらく経つと急に自分の年齢が急にどうでもよくなってしまった。年齢を聞かれたり記入するとき少しの時差が生じた。数字で答えないので神木隆之介さんと同じです!とぼかして答えてた。朝ドラらんまん面白い。
それが29歳の終わりに差し掛かってくると急に年齢を意識するようになってしまい、どうしていいか分からなくて怖かった。ダメだったら30で死のうと作っていた逃げ道がもう使えなくなるのだ。
子どもの頃からずっと30歳で死のうと思っていた年齢が近づいてくるのが怖くて、自分は30歳になったら本当に死んでしまうのではないかと恐ろしくなってしまった。

未来の自分に呪いをかけるのは止めましょう。何もいいことはありません。

誕生日の延期なんてできっこない。恐れていた30歳の誕生日を呆気なく迎えた。
別に死んでないし、体のどこかが急に痛くて苦しいなんてこともない。ただの30回目の誕生日だった。明日ちゃんと書くけどひとりで買い物に行って何事もなく帰宅した。

死のうと思っていた30歳を迎えたら私はこれからどう生きればいいのだろうと不安と恐怖でいっぱいだった。
私の身体中を埋め尽くした
「これからどうしよう…(未来への不安と恐怖、絶望)」
という感情を
「これからどうしよう?(未来への期待)」
に変えていけたらいいな。

もし急にブログの更新が途絶えたら読者の皆様には子どもの頃の呪いが効いて不幸にも本当に死んだと思ってほしい。生きてることを証明するためにこれからもブログはちゃんと書いていく。
かなりスローペースであったが15歳の時よりも私はいくらか強くなった。20代の終わりごろにようやく自分が何に喜び何に怒りを覚えるのか、自分がどんな人間なのか少しずつだがようやく分かってきた。
短期間に仕事で何度も心身を壊したときはこの世の全てから取り残されたみたいで本当に辛くてそれこそ死んでしまいたくなったが環境に恵まれてどうにか立ち直れた。

人生これから何が起こるか分からなくて怖いのはきっと皆同じだ。20代から代わり映えのしない人生が嫌で苦しくなるときもあるけど、人と比べたり社会の規範に流されることなく自分の人生を生きていきたい。

Happy birthday to Me!!
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